犬における心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)の臨床応用

堀 泰智

大塚駅前どうぶつ病院 心臓メディカルクリニック
名古屋ベテリナリーコンサルテーション アドバイザー

【どうぶつ検査センターから】

 現在、臨床現場で利用可能な心臓バイオマーカーはANP、NT-pro BNP、心筋トロポニンIの3種類です。これらの心臓バイオマーカーの産生部位や分泌メカニズムは病態によって異なるため、それぞれの活用法や結果解釈は異なります。
 今回は堀先生に犬におけるANPの臨床応用について測定意義や活用法について解説して頂きます。

 

【はじめに】
 僧帽弁閉鎖不全症は犬の後天性心疾患の中で最も発生頻度の高い疾患であり、重症化すると肺水腫や肺高血圧症を合併し、慢性発咳や努力性呼吸を引き起こすため生命予後を著しく悪化させる。近年、American College of Veterinary Internal Medicine(ACVIM)ではコンセンサスステートメントとして、僧帽弁閉鎖不全症の犬における診断、重症度評価、治療方針などについてガイドラインを公表している¹。しかし、僧帽弁閉鎖不全症の重症度評価には専門的な知識や心エコー図検査を必要とすることから、一般臨床医が本ガイドラインを遵守して循環器診療に当たることは困難である。
 ANPは主に心房筋で産生されるペプチドホルモンであり、心房筋の伸展によって即座に血中に分泌される²。血中ANP濃度は心疾患による左心房拡大を強く反映するため、心不全の重症度評価やうっ血性左心不全のリスク判定に有用であることが報告されている³⁻⁵。我々は、様々な基礎研究や臨床研究を通して血中ANP濃度と血行動態の関係を解析し、心不全の早期発見や重症度評価などへの臨床応用の可能性を報告してきた⁶⁻¹¹。
 今回はこれまでの知見や経験をまとめ、特に犬で発生の多い僧帽弁閉鎖不全症について、ANP測定を用いた重症度評価や心不全のリスク評価について解説する。

 

Point

● ANPは主に左心房の負荷(左心房拡大)を反映して血中濃度が上昇する
● ACVIMステージ分類と一致して血中濃度が上昇する
● 参考基準値内(7 pg/mL以下)の場合には、うっ血徴候がないと判断している
● 軽度上昇(100~180 pg/mL)の場合には、軽度な弁膜症に加えて基礎疾患や生理的要因の可能性がある
● 中等度上昇(180 pg/mL以上)の場合には、左心房拡大が示唆される
● 重度上昇(280 pg/mL以上)の場合には、うっ血性心不全の危険性がある



【概要】
 ANPは急性容量負荷による左心房圧の上昇と一致して、即座に血中濃度が上昇するホルモンである¹¹’¹²。また、血中半減期は数分と早いため¹³、左心房圧の低下によって即座に血中濃度が低下す¹¹。したがって、ANPはリアルタイムな左心房圧の指標と言える。また、様々な左心不全においても血中濃度が著増していることから¹⁴’¹⁵、うっ血性心不全の指標とも考えている。
 我々は僧帽弁閉鎖不全症の犬(316頭)と対照犬(40頭)を対象とした臨床研究の中で、ACVIMガイドラインに沿った僧帽弁閉鎖不全症の重症度と心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)濃度の関係を精査し、ANP測定の臨床的有用性を評価した¹⁴。この研究では僧帽弁閉鎖不全症犬をACVIMステージB1(無徴候で左心房、左心室拡大のない犬)、ステージB2(無徴候で左心房、左心室拡大がある犬)、ステージ≧C(肺水腫の既往歴がある犬)の3群に分けた。血中ANP濃度は僧帽弁閉鎖不全症の重症度が高くなるにつれて有意に増加し、対照群の血中ANP濃度と比較して、B1群、B2群、≧C群の血中ANP濃度は有意に高値を示した(図1)。さらに、ROC解析から血中ANP濃度は無徴候性僧帽弁閉鎖不全症の犬(ステージB1およびB2)の検出に対して診断精度の高いことが明らかとなった。これらの結果は、血中ANP濃度の測定は僧帽弁閉鎖不全症の重症度評価に有用であり、心エコー図検査の補助的検査法として使用できることを示唆している。

図1. 僧帽弁閉鎖不全症の犬(316頭)と対照犬(40頭)におけるACVIMガイドラインに基づく僧帽弁閉鎖不全症の重症度と血中ANP濃度の関係

*:対照群と比較して有意差あり(p < 0.05)
‡:ステージB1群と比較して有意差あり(p < 0.01)

  以上より、血中ANP濃度が高値(100~200 pg/mL)の場合は心疾患の徴候がなくても1~2ヶ月後に再検査を推奨する。臨床徴候の有無に関わらず200 pg/mL以上の場合は心臓精査を検討すべきである。

 

【ピットフォール】
 心疾患の中にはANPの上昇しにくい病態も存在することに注意が必要である。特に、左心房拡大のない場合には心疾患が潜在していても正常値を示すことがある(初期の心筋症や動脈弁狭窄、右心不全、肺高血圧症など)。一方、左心房拡大があればANPは僧帽弁閉鎖不全症以外の心疾患(動脈管開存症、心筋症、心房細動など)によっても上昇するため、本検査を単独で僧帽弁閉鎖不全症の診断に使用すべきではない。この他、過度の興奮はANPを上昇させる可能性があるので、採血前には過度な興奮を避ける必要がある。また、腎疾患があると排泄が遅延するため高値を示す可能性がある¹⁶。
 一方、利尿薬や血管拡張薬を使用すると基礎値よりも低下するため、重症度を過小評価してしまうことがある。また、不適切な検体の処理(アプロチニン採血管を使用していない)によって測定値が低下することがある。

 

【引用文献】

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